大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和42年(ネ)411号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人に対し、

(1)  被控訴人石橋は原判決別紙第二目録(一)記載の建物を収去して、同第一目録(一)、(二)記載の土地中その敷地部分約二六二・二平方メートルを明渡し、かつ金二五六、七九〇円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに同年一月一日から同四三年一月三一日までは一ケ月金八、七〇〇円、同年二月一日から右土地部分明渡ずみまでは一ケ月金一三、〇五〇円の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人江口は、同第二目録(二)記載の建物を収去し、被控訴人石橋は右建物から退去して、同第一目録(一)、(二)記載の土地中その敷地部分約一一二平方メートルを明渡し、かつ、被控訴人江口は金五一、三五八円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに同年一月一日から右土地部分明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。但し、控訴人に対し被控訴人石橋において建物収去土地明渡の部分につき金八〇万円、金銭支払の部分につき金四〇万円、同江口において建物退去土地明渡の点につき金五〇万円金銭支払の部分につき金五万円の担保を供するときは、それぞれ右仮執行を免れることができる。

事実

(双方の申立)

控訴人は、

「原判決を次のとおり変更する。

(主位的請求)

控訴人に対し、

(一)  被控訴人石橋は、原判決別紙第二目録(一)記載の建物を収去して、同第一目録(一)、(二)記載の土地中その敷地部分約二六二・二平方メートルを明渡し、かつ金九八七、一六〇円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに同年一月一日から右土地部分明渡ずみまで一ケ月金一三、〇五〇円の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人江口は、同第二目録(二)記載の建物を収去し同石橋は右建物から退去して、同第一目録(一)、(二)記載の土地中その敷地部分約一一二平方メートルを明渡し、かつ被控訴人らは連帯して、金二〇〇、七二〇円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに同年一月一日から右土地部分明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

控訴人に対し、

(一)  被控訴人石橋は、同第二目録(一)記載の建物を収去したうえ、同第一目録(一)、(二)、(四)、(五)記載の土地及び建物を明渡し、かつ、金一、九五九、三四〇円及びこれに対する昭和四三年七月一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに同日から右明渡ずみまで一ケ月金一一二、三〇〇円の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人江口は、同第二目録(二)記載の建物を収去し同石橋は右建物から退去して、同第一目録(一)、(二)記載の土地中その敷地部分約二二坪を明渡し、かつ被控訴人らは連帯して、昭和四三年七月一日から明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴人の新たな予備的請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに控訴人の請求認容の場合につき仮執行免脱の宣言を求めた。

(双方の主張)

当事者双方の主張は、

第一  控訴人において、

一  原判決事実摘示中

1 原判決三枚目裏一〇行目「八〇坪」とあるを「二六二・二平方メートル」と、同一二行目「五〇坪」とあるを「一一二平方メートル」と訂正し、

2 同四枚目表五行目から同枚目裏七行目までを、「よつて、原告は被告らに対し、土地所有権にもとづき、当該所有建物を収去しなお被告石橋は(二)の建物から退去して、それぞれ当該敷地部分を明渡すことを求め、かつ、被告石橋は昭和二八年五月一日から同四〇年一二月三一日までの当該占有部分の賃料相当損害金合計九八七、一六〇円及びこれに対する原告が本件第二三回口頭弁論期日において支払を催告した翌日の昭和四一年六月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに同年一月一日から右明渡ずみまで一ケ月金一三、〇五〇円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求め、また、被告両名は、連帯して、右同様、昭和二八年五月一日から同四〇年一二月三一日までの当該占有部分((二)建物の敷地)の賃料相当損害金合計二〇七、一二〇円、及びこれに対する同四一年六月一一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金、並びに同年一月一日から右明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。」と改め、

3 同九枚目表二行目から一二行目までの主張中、別紙第一目録記載の不動産の賃料の支払を求める旨の主張部分は撤回する。

二  仮に、賃貸借終了についての従前の主張が認められないとしても、次の理由により本件契約は解除された。

(一) 本件不動産の賃料は、昭和二八年五月一日から昭和四〇年八月三一日までは一ケ月金五〇円で合計金七、四〇〇円、同年九月一日からは控訴人の増額請求により一ケ月金五七、四六〇円に増額されたので同年九月から同四一年一〇月分までは計金八〇四、四四〇円、同年一一月から同四三年一月分までは計金八六一、九〇〇円、以上合計金一、六七三、七四〇円となるが、被控訴人石橋は右支払を怠つた。また、本件不動産の公租公課は全部被控訴人石橋が負担する約定であるのに、同被控訴人は昭和三二年から同四〇年度までの本件不動産の固定資産税合計金六二二、四四〇円の支払をしなかつたので、控訴人においてこれを支払つた。

そこで、控訴人は同被控訴人に対し、昭和四三年一月三一日付、同年二月三日頃到達の内容証明郵便で、一〇日以内に右延滞賃料及び立替金計金二、二九六、一八〇円を支払うよう催告し、同時に、右期限内に支払がなかつたときは本件賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をした。

しかるに、同被控訴人は右期限内にこれが支払をしなかつたので、遅くとも同年二月一五日には契約解除の効力が発生し、本件契約はこれにより終了した。

(二) もし右が理由がないとしても、控訴人は被控訴人石橋に対し、昭和四三年六月一八日の当審第八回口頭弁論期日において陳述した準備書面をもつて、本件不動産の延滞賃料昭和二八年五月から同四一年一〇月分まで計金八一一、八四〇円、同年一一月から同四三年五月分まで計金一、一九一、七四〇円(昭和四〇年八月までは一ケ月金五〇円、同年九月以降は一ケ月金五七、四六〇円の割合)、合計金二、〇〇三、六八〇円を昭和四三年六月末日までに支払うよう催告し、同時に、右期限内に支払がなかつたときは本件賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をした。

しかるに同被控訴人は右期限内にこれが支払をしなかつたので、本件契約は同年六月三〇日の経過をもつて解除により終了した。

三  もし、所有権にもとづく明渡請求が認容されない場合には、予備的請求として、本件不動産の賃貸借契約の終了を原因とし、被控訴人石橋に対しては、原判決別紙第二目録(一)記載の建物を収去したうえ同第一目録(一)、(二)、(四)、(五)記載の土地建物を明渡し、かつ該不動産についての昭和四一年二月一日から同四三年六月三〇日までの賃料(契約終了後は賃料相当損害金として)計金一、三三六、九〇〇円(昭和四三年一月末日までは一ケ月金五七、四六〇円、同年二月一日以降は一ケ月金九五、〇〇〇円の各割合による)、及び前記固定資産税立替金金六二二、四四〇円、合計一、九五九、三四〇円とこれに対する昭和四三年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに右同日から明渡ずみまで一ケ月金一一二、三〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、また、被控訴人江口は同第二目録(二)記載の建物を収去し同石橋は同建物から退去してその敷地部分を明渡し、かつ被控訴人両名連帯で昭和四三年七月一日から右明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求める。

四  被控訴人ら主張の如く、同第二目録(一)、(二)の建物につき買取請求権があることは争う。

と述べ、

第二  被控訴人らにおいて、

一  控訴人の右二、(一)の主張事実中、昭和四三年一月三一日付の内容証明郵便でその主張の如き催告及び条件付契約解除の意思表示がなされたことは認める。しかしながら、右催告は契約解除の前提たる催告として無効である。即ち、

(一) 控訴人は、本件訴訟において、まず不法占拠を原因として明渡を請求していたのに、訴訟係属中新たに賃貸借契約の存続を前提としてその賃料及び本件不動産の固定資産税の立替金の支払を催告したものであるが、かかる催告は当初の不法占拠の主張と全く相反する矛盾撞着の行為であつて両立し得ないものである。従つてその催告の意味が不明となり、催告に応じて提供される賃料を受領する意思があるものとは認められないから、催告としての効力はない。

(二) 次に、本件催告では、賃料の外に固定資産税の立替金の支払をも求めているが、右固定資産税の立替金債権は本件賃貸借契約における付随的なものに過ぎないばかりでなく、もともと被控訴人石橋の納付すべきものを控訴人が無断で納付したものであつて、かかる対価的関係にない金員の支払を求める催告は過大催告としてまた不適正な催告として無効である。右のように、催告金額が本来の賃料債務以外のものを含めたものであるときは、控訴人としては被控訴人石橋が賃料債務のみを提供しても催告金額全額でなければこれを受領する意思がないと認めるのが相当であるから本件催告は無効たるを免れない。

二  仮に本件賃貸借契約が解除されたとするならば、控訴人に対し、被控訴人石橋は同第二目録(一)記載の建物を、同江口は(二)記載の建物を、それぞれ時価を以つて買取ることを請求する。そうして、被控訴人らは、右売買代金の支払あるまで右各建物を留置する。

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決六枚目裏二行目から三行目「昭和二一年六月三〇日」とあるを「昭和一一年六月二三日」と訂正する)。

(立証関係省略)

理由

一  まず、主位的請求である土地所有権にもとづく建物収去および退去土地明渡請求について判断する。原判決(以下すべて同じ)別紙第一目録記載の不動産(以下これを本件不動産という)につき、控訴人と被控訴人石橋の先代石橋藤吉との間に、大正一五年六月二三日付売買を原因とする所有権移転登記が控訴人のためになされたこと、藤吉は昭和三年一二月一五日死亡し被控訴人石橋が家督相続によりその地位を承継したことは当事者に争いがない。

二  控訴人は、右大正一五年六月二三日の売買は買戻特約付であつたところ、期間内に買戻権の行使がなされなかつたので本件不動産は終局的に控訴人の所有と確定した旨主張し、一方被控訴人らは、石橋藤吉が控訴人先代瀬戸口虎之助から金員を借用し、その売渡担保として本件不動産の所有権を控訴人に移転したもので、その後被控訴人石橋において右債務を完済したので本件不動産の所有権は同被控訴人に復帰したと主張し抗争するのでこの点につき検討する。成立に争いない甲第一号証の一、二、同第三、四、五号証、乙第一号証の一、二、同第二号証、同第一三号証の二、三、同第一五、一七、一九、二〇、二一、二二、二四号証の各二(但し乙第一三号証の二、三以下はその一部)、原審における控訴人本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、

「大正一五年六月二三日当時、石橋藤吉は、銀行からの借入金の担保としてその所有の本件不動産に抵当権を設定しており、いつ本件不動産が競売に付せられるかも知れないような情勢にあつたので、これを苦慮し、本件不動産を買戻特約付で売却してその代金で銀行への返済に充て、競売を避けるとともに、終局的には本件不動産を取りとめようと、控訴人に対して買受方を懇請した。控訴人側では、本件不動産がその住所から数里もはなれた処にあり管理に不便なことから、容易に買受けを承諾しなかつたが、藤吉の方で控訴人側に不便を被らせず管理を引き受けることを申し出たため、同月二三日、藤吉と控訴人(先代虎之助が代理して)との間に、(1)藤吉は本件不動産を金二万円で控訴人に売り渡す、(2)控訴人は藤吉に対し、本件不動産を、期間大正二五年(昭和一一年)六月二二日まで、賃料月額一〇〇円としなお公課、家屋の修理費等も藤吉が負担するとの約で賃貸する、(3)藤吉が分割または控訴人の承諾した方法により金二万円を昭和一一年六月二二日までに控訴人に提供するときは、控訴人は本件不動産を無条件で藤吉に売り戻す、旨の買戻特約売買契約が成立し、即日藤吉から控訴人に対し本件不動産の所有権移転登記を了し、同時に右買戻の特約を登記した。以来藤吉及び被控訴人石橋は賃借人として本件不動産を占有し、約定の賃料を支払つてきたが、買戻期間内に買戻権を行使することができなかつたので、本件不動産に対する買戻権は昭和一一年六月二二日の経過とともに消滅し、本件不動産の所有権は終極的に控訴人に帰属したのであるが、控訴人は被控訴人石橋側の懇請を容れ、同年六月二四日、改めて本件不動産を期間同二一年六月三〇日まで、賃料月額五〇円、公課、家屋、の修理費用は賃借人の負担とするとの約で同被控訴人の母石橋うらを賃借人として賃貸し、なお、うらは昭和二一年六月三〇日までに代金一五、〇〇〇円を提供することを要件として本件不動産を買いとることができる旨の、買主のみを予約権利者とする売買一方の予約を締結した。しかるに、うらは右期限内に代金一五、〇〇〇円を提供しての売買予約完結権の行使をしなかつたので、昭和二一年六月三〇日の経過とともに右売買予約権は消滅し、その後になつて被控訴人石橋の方から控訴人側に対し予約完結権行使の期限を延長するよう申入がなされたけれどもその旨の合意は遂に成立しなかつた。」

以上の事実が認められる。右認定に反する前掲乙第一三号証の二、三、同第一五、一七、一九、二〇、二一、二二、二四号証の各二の各記載部分、成立に争いない乙第三、四、五、六号証、同第一六号証の二、同第二七号証の各記載部分、及び原審における被控訴人石橋本人尋問の結果は前記証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆して、被控訴人ら主張の如く本件不動産に関する契約が売渡担保でありその実質上の所有権が被控訴人石橋にあることを認めるだけの証拠はない。以上の認定により明らかなように、本件は売渡担保ではなく、また被控訴人石橋側の売買予約上の権利も、昭和二一年六月三〇日の経過をもつて消滅しているので、その後の昭和二八年三月五日にいたつて同被控訴人のなしたその主張の如き弁済供託は(右供託の事実は当事者間に争いがない)何らの効力をも持ち得ず、本件不動産は依然控訴人の所有に属するといわなければならない。

二  次に、本件不動産のうちの別紙第一目録(一)、(二)記載の宅地(以下本件土地という)上に、被控訴人石橋が別紙第二目録(一)記載の建物(以下(一)建物という)を所有して、控訴人主張の敷地部分を占有していること、また、本件土地上に同第二目録(二)記載の建物(以下(二)建物という)が存在し、被控訴人石橋がこれに居住しているが、その登記簿上の所有名義人は被控訴人江口となつていることは当事者間に争いがない。そして、右の如く、被控訴人江口が登記簿上の所有名義人であることからして(二)建物は同控訴人の所有に属するものと推認すべく、これに反する被控訴人石橋本人尋問の結果はにわかに措信しがたい。そうすると、被控訴人江口も本件(二)建物を所有することにより本件土地のうちその敷地部分を占有していることになる。

三  そこで、被控訴人らの抗弁につき判断するに、控訴人が、被控訴人石橋先代藤吉、及び同被控訴人の母うらに対し、本件不動産を被控訴人ら主張の如き約定で賃貸したことは争いがなく、また、原審における被控訴人石橋本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、右石橋うらの賃借期限である昭和二一年六月三〇日前の六ケ月ないし一年内に控訴人側から賃貸借更新拒絶の意思表示はなされなかつたこと、及びうらが昭和三一年七月一九日死亡し被控訴人石橋が同人を相続したことが認められるので、結局控訴人、うら間の本件土地についての賃貸借契約は法定更新され、被控訴人石橋が相続によりうらからその賃借権を承継したことになる。そして、被控訴人江口は右被控訴人石橋の賃借権の範囲内において本件土地上に(二)建物を所有するものであることが弁論の全趣旨から明らかである。

四  そこで、次に、控訴人の再抗弁について判断する。

(一)  控訴人は「被控訴人石橋は、昭和二八年四月本件不動産について控訴人の所有権を否認し、同被控訴人に所有権ありと主張して訴を提起し、同三九年九月四日最高裁判所の判決があるまで一一年間争い続け、本訴提起後も依然としてこれを争つている。このような事情のもとで、同被控訴人が今更本件不動産につき賃借権があると主張することは、信義誠実の原則に反し、かつ権利の濫用であつて許されない」と主張する。甲第三、四、五号証及び本件訴訟の経過に照せば、被控訴人石橋のこれまでの主張抗争が控訴人主張のとおりであることは認められる。しかし、所有権をまず主張し、それが容れられない場合の仮定的な主張として賃借権の主張をすることは、訴訟法上何ら禁じられたことではなく、直ちにこれをもつて信義則違反もしくは権利の濫用にあたるとは言いがたいので、右主張は採用できない。

(二)  次に、控訴人は、「被控訴人石橋が別訴により本件不動産につき所有権を主張して登記の抹消を訴求したことにより、控訴人と同被控訴人間に本件賃貸借契約の合意解除があつたものとみるべきである」と主張するけれども、かような訴を提起したからといつて賃貸借契約の合意解除の申入をしたと解することはできず本件全証拠をもつても右合意解除の事実を認めがたいので、右主張は採用できない。

(三)  次に、控訴人は賃借権の時効消滅を主張する。しかしながら、賃借権の消滅時効は、賃借人がその権利の内容をなすところの目的物件の使用、収益を継続しているかぎり進行するものではないと解すべきところ、被控訴人石橋が昭和二八年以降も本件不動産の使用収益を継続していることは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件において賃借権の消滅時効が進行する余地はなく、従つてこの点の主張もまた理由がない。

(四)  次に、控訴人主張の本件訴状をもつてする契約解除の効力につき検討する。

本件記録に徴すると、本件控訴人の訴状には賃貸借契約を解除する旨の記載は存しないけれども、被控訴人らに対し、本件土地を明渡すべき旨の請求が記載されているのであり、また、控訴人が本訴より前に提起された別訴(当裁判所昭和四二年(ネ)第四一〇号事件)において本件不動産の他の部分につきその占有者に対し明渡を訴求していることは当裁判所に顕著な事実である。してみれば、控訴人が本訴を提起したのは賃貸借関係の存続を欲しない意思に出でたことが明白であるから、本件訴状における明渡の請求には、本件不動産の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をも含むものと解するのが相当である。

ところで、賃貸借の継続中、当事者の一方に、その義務に違反し信頼関係を裏切つて、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があつた場合には、相手方は、民法五四一条所定の催告を要せず賃貸借を将来に向つて解除することができると解すべきである。(最高裁判所昭和三七年(オ)第五八八号事件同三八年九月二七日第二小法廷判決参照)が、これを本件についてみるに、成立に争いない甲第三、四、五号証、甲第七、八、九号証の一ないし四、同第一〇号証の一、二、三、乙第一五、一六、一九、二三号証の各二、同第二七号証、被控訴人石橋本人尋問の結果を総合すると、「被控訴人石橋の方では、昭和二八年初め頃までは控訴人に対し、本件不動産の賃料を支払う一方、本件不動産の売渡し方を要請して交渉を続けてきたが、控訴人から終局的に同売却方を拒絶されるや、同年三月五日、本件不動産は売渡担保であると称し、亡藤吉の借入金元金として金二万円、三月分の利息として金一五〇円、計金二〇、一五〇円を弁済供託したうえ、これにより本件不動産の所有権は同被控訴人に完全に復帰したと主張して、同年四月控訴人を相手に所有権移転登記抹消登記手続請求の訴を提起し、右訴訟は最高裁判所の上告審まで争われたが同三九年九月四日被控訴人石橋の敗訴となり確定したこと、右訴訟係属中の一一年余りの間、被控訴人石橋は本件不動産についての控訴人の所有権を否定するのみか、従前の賃貸借関係の存在さえも否認し、従前控訴人に対し支払つて来た金員は賃料ではなくて借受金の利息であつた旨主張し、もちろん右訴訟提起後の昭和二八年四月以降は賃貸借の存在を肯認する態度を示すことは全くなく、賃料も全然支払わず、控訴人が支払つた本件不動産の固定資産税(前示のとおり契約上賃借人の負担とされている)の支払を申出た形跡も認められないこと」が認められる。右認定事実により考えるに、右判示の被控訴人石橋の所為は賃貸借関係の継続を著しく困雑ならしめる不信行為にあたるものというべきであるから、控訴人は催告を要せずして本件賃貸借契約を解除し得ると解するのが相当である。

そうすると、控訴人の本件訴状をもつてする契約解除は有効であり、右訴状副本が被控訴人石橋に到達したことが記録上明らかな昭和三八年一月一九日をもつて本件賃貸借契約は解除されたというべきである。しかるときは、他に占有権限の主張のない本件にあつては、被控訴人らは控訴人に対し、各自の所有或いは居住する(一)、(二)建物を収去或いは退去して本件土地中その当該敷地部分を明渡し、かつ、各所有建物の敷地につき、右契約解除の日(被控訴人らが同日以前から本件土地上に本件(一)、(二)建物を所有していることは弁論の趣旨から明らかである)から、明渡ずみまでの賃料相当損害金を支払う義務があることになる。

被控訴人らは、(一)、(二)建物につき買取請求を主張するけれども、買取請求権を認め得る根拠は何もなく、従つてこれを前提とする被控訴人らの主張は採用することができない。

なお、控訴人は、(二)建物の敷地部分につき、被控訴人石橋に対しても賃料相当損害金の請求をしている。しかし建物の所有者が他に存在する場合右建物の居住者が該建物を使用占有することと、敷地所有者が該敷地を使用収益できないこととの間には、特段の事情のない限り相当因果関係がないと認めるのを相当とするところ、本件においてはかかる特段の事情を認めるに足る資料はないので、(二)建物の敷地部分につき右建物の居住者に過ぎない被控訴人石橋に損害賠償を求める請求は失当といわざるを得ない。

五 よつて、次に、損害金につき検討すると、原審(第一、二回)及び当審における鑑定人山口忠六の鑑定の結果によれば、(一)建物の敷地部分の昭和三八年中の賃料相当損害金は一ケ月金七、二五〇円、同三九年一月から同四三年一月末までのそれは一ケ月金八、七〇〇円、同年二月以降は少なくとも一ケ月金一三、〇五〇円であり、また、(二)建物の敷地部分の賃料相当損害金は、昭和三八年中が一ケ月金一、四五〇円、同三九年一月以降は少なくとも一ケ月金一、七六〇円であることが認められる。そうすると、(一)建物の敷地部分の昭和三八年一月一九日(契約終了日)から同四〇年一二月三一日までの賃料相当損害金は計金二五六、七九〇円、(二)建物の敷地部分の右期間のそれは計金五一、三五八円となることが計算上明らかである。従つて、控訴人に対し、被控訴人石橋は右金二五六、七九〇円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和四一年一月一日から同四三年一月末日までは一ケ月金八、七〇〇円、同年二月一日から(一)建物収去土地明渡ずみまでは一ケ月金一三、〇五〇円の各割合による賃料相当損害金を支払う義務、被控訴人江口は前記金五一、三五八円及びこれに対する昭和四一年六月一一日から右支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和四一年一月一日から(二)建物収去土地明渡ずみまで一ケ月金一、七六〇円の割合による賃料相当損害金を支払う義務があることになる。

六 以上の次第で、控訴人の本訴請求は、主位的請求につき、主文第二項記載の限度で理由があるものとしてこれを認容しその余を失当として棄却すべきであり、これと異る原判決は一部失当であるから(但し請求の減額にかかる部分を除く)、これを主文第二、三項記載の如く変更し(なお予備的請求にいての判断は省略し)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例